上海市第二中級人民法院による初めての「ファットフィンガー」事件の判決結果からインサイダー取引の権利侵害を論ずる
章悦悦
2015年9月30日、上海市第二中級人民法院は、2013年8月16日の光大証券社の「ファットフィンガー」(中文:烏龍指)事件により生じた、投資者8名が光大証券社股份有限公司を訴えた証券、先物に関するインサイダー取引の責任紛争事件について、一審判決を下した。そのうち、投資者6名は勝訴を獲得した。これは「ファットフィンガー」事件以来、裁判所が初めて和解又は調停という方法ではなく、判決を下すことにより、当該事件により生じた紛争を解決したのである。本稿は一審判決の結果から出発し、当該事件について分析を行う。
一、インサイダー取引に関する責任紛争は一般侵害訴訟に該当する。
インサイダー取引でも、虚偽表示でも、或いは市場操作、顧客詐欺でも、あくまでも証券侵害行為であり、関連の争議は侵害訴訟を構成する。関連のある侵害の構成要件を具体的に討論する前に、まず証券侵害紛争の責任帰属の原則を正しく認識すべきである。我が国の侵害責任帰属システムは過失責任原則、過失推定原則及び無過失責任原則の三原則を並立する方法を採っている。そのうち、無過失責任原則の法的適用範囲は主に『民法通則』第122条、123条、『侵害責任法』第7条に定められている。証券侵害の責任帰属原則について言えば、関連の法律規定がまだ証券侵害を無過失責任原則の適用範囲内に明記していない状況下では、当該原則の具体的な適用に対して拡大解釈を行うべきではない。それと共に、製造物の欠陥により他人が損害を被った侵害訴訟や高度危険作業により他人が損害を被った侵害訴訟などの典型的な無過失侵害賠償紛争を比べてみると、人身権益に対する保護という同じ特徴を有している。立法趣旨は、危険な行為が身の安全を脅かす程度に達した場合に限り、無過失責任原則の条件を適用するということである。比べてみれば、証券侵害は投資者の財産法益或いはその他の非人身権益を侵害しただけであり、証券侵害紛争に無過失責任原則を直接適用することはできない。そのため、証券侵害類の紛争の責任帰属原則では、無過失責任原則は排除されるべきである。前記の内容を踏まえると、主観的な過失があり、違法行為があり、損害事実があり、違法行為と損害事実の間に因果関係があることが、証券侵害訴訟を構成する四つの要件である。
二、光大証券社はインサイダー取引の違法行為を実施した。
上海市第二中級人民法院は、中国証券監督委員会(証監会)の行政処罰「証監会(2013)59号行政処罰決定書」及び関連の行政訴訟確定判決において、光大証券社がインサイダー情報の公表前に持株をETFに転換して売却したこと、及び株式指数先物を空売りした行為がインサイダー取引行為を構成すると認定されたことを、事件認定の根拠とすることができると考える。しかし、たとえ関連の行政根拠を見ずに、以下の事実面から分析したとしても、同じ結論に達することは難しくない。
公表資料によると、光大証券社の代理人弁護士は、当日のヘッジ操作は「誤発注」に該当し、「インサイダー取引」ではないと抗弁した。これに対して、まず認めなければならないのは、事件発生の原因は確かに光大証券社策略投資部のアービトラージ戦略システムのオーダー作成システム及びオーダー執行システムに欠陥があったため、大量の予想外の委託売買注文、即ち、「誤発注」を齎したということである。通常では、「誤発注」を発見した後、救済の目的に基づいてヘッジ操作を行うことはまったく常識的なことである。しかし、注意しなければならないのは、当該「誤発注」は必ず一定の規範に適合する前提のもとで行われた操作でなければならない。もし取引行為自体が管制のレッドラインを越えたものであれば、公表のない状況下で更に操作を行った場合には、インサイダー取引の疑いを持たれる。証監会の関連規定によると、証監会の許可を取得した証券会社は、自己資金と法に基づいて調達した資金を運用して、自社名義で証券口座を開き、法に基づいて公開発行された有価証券、又は証監会の許可を取得したその他の有価証券を売買して利益を得ることができる。ただし、自営の権益類証券及び証券デリバティブの合計総額の規模及び比率は、純資本の100%以内に収まるようにコントロールしなければならない、となっている。今回の事件では、光大証券社がその後対外的に正式発表した公告に掲載した内容により、光大証券社が当日既に過当取引を構成していたことが分かる。この場合、上場企業としての光大証券社は、事故を発見した時に直ちに市場に向けて午前の誤発注を公表すべきであった。言い換えれば、もし光大証券社が株式取引を一時停止させると共に、当該情報を公告して相応する救済措置を取っていれば、インサイダー取引の疑いという問題はなく、精々「誤発注」ということになっていたであろう。
こうした状況で、光大証券社の行為はインサイダー取引を構成しているかどうかを認定するため、まず「インサイダー情報」とは何かを明確にしなければならない。『証券法』第75条第1項及び『先物取引管理条例』第82条第2項第11号の関連規定によると、「インサイダー取引」の最も重要な特徴は重大で非公開ということにある、となっている。光大証券社の事後の公告内容を合わせて見れば、策略投資部は当日の現物取引限度額を8,000万元と設定したものの、実際の取引総額は72.7億元にも達していた。当該取引高は滬深300指数、180ETF、50ETF、及び株式指数先物価格に重大な影響を与えると共に、大量の購入申込及び取引量も投資者の相場状況の判断に重大な影響を与えた可能性があることから、「重大」という特徴に適合している。また、前記の情報は当日14時22分の公告発表前にはずっと秘密状態にあったことから、「非公開」という要件を満たしている。ここで特に強調したいのは、『上場企業情報公開管理弁法』の関連規定によると、上場企業は情報開示事項に対して手続を厳格に遵守しなければならず、且つ関連の情報は必ず証監会指定の新聞や刊行物、ホームページで公表しなければならない、となっている。そのため、たとえ当日の午前中には「ファットフィンガー」の噂は既にあちこちに広まっており、ひいてはまったく正しかったとしても、光大証券社が法定手続に従って正式に公告を発表する前には、関連情報の非公開性を否定することはできない。よって、2013年8月16日11時05分から同日14時22分までの光大証券社の公告発表前までの情報は「インサイダー情報」に該当する。
また、光大証券社自身がインサイダー情報発生本体であり、係争証券・先物のインサイダー情報を知る者に該当する。『証券法』第202条及び『先物取引管理条例』第70条の規定を合わせて見ると、本件のインサイダー取引行為には2つのパターンが含まれ、それぞれ次の通りである。(1)証券取引のインサイダー情報を知る者又は違法に証券に関するインサイダー情報を取得した者が、証券の発行、取引又はその他証券価格に重大な影響を与える情報の公開前に、当該会社の証券を売買する、当該情報を漏らす、又は第三者に当該証券の売買を提案する行為、及び(2)先物取引のインサイダー情報を知る者又は違法に先物取引に関するインサイダー情報を取得した者が、先物取引価格に重大な影響を与える情報の公開前に、インサイダー情報を利用して先物取引に従事する、又は第三者に当該情報を漏らし、インサイダー情報を利用して先物取引を行わせる行為。光大証券社は当日午後14時22分に公告を発表する前に、持株をETFに転換して売却する行為、及び株式指数先物を空売りする行為を実施した。前記の取引は公衆情報と極めて非対称な状況下でなされたもので、把握したインサイダー情報を利用して実施したヘッジ操作であり、正常なリスクに対応するために一般的なヘッジ操作を行うという事前予定はなかったため、インサイダー取引を構成している。
三、光大証券社のインサイダー取引により損害事実が生じた。
損害事実の最も直接的、かつ最も直観的な表現は、投資者の財産権益が損害を被ったことである。『証券法』及び『最高人民法院による証券市場の虚偽表示による民事賠償事件の審理に関する若干の規定』の関連規定によると、司法実務では、投資者の実際の損失に基づき損害範囲を確定する。その範囲には、差額分の投資損失、投資損失の差額分の手数料や印紙税、及び前記の損失の利息を含む。
最大の難点は「差額分の投資損失」の計算方法である。『司法解釈』第31条、32条では、虚偽表示により投資者が損失を被った場合の実損失の計算方法を更に明確にした。即ち、投資者が基準日又はそれまでに証券を売却した場合、差額分の投資損失は証券購入の平均価格と実際の証券売却の平均価格との差額に、投資者の保有証券数を掛ける方法で算定する。投資者が基準日以降に証券を売却又は保有し続けた場合は、差額分の投資損失は証券購入の平均価格と虚偽表示の摘発日又は改正日から基準日までの期間に渡る全ての取引日の終値の平均価格との差額に、投資者の保有証券数を掛ける方法で算定する。しかし、当該計算方法は「平均購入価格の算出方法」を明確にしていないため、実務レベルでは、大きな争議に直面している。本稿では実行可能な考え方を提案してみる。まず、3つの重要な時点を確定する。即ち、インサイダー情報が生じた時点(A点、当該事件では当日11時05分)、インサイダー情報が公開された時点(B点、当該事件では当日14時22分)、そして、インサイダー価格の基準時間、即ち、証券売買の累積で売買回転率が流通可能な部分の100%に達した日(C点、当該事件では具体的な株式に合わせて確定する)である。当該事件の最大特徴は、A点からB点までの間に指数及び複数の主力株が全面的に上昇し、B点からC点までの間にひたすら下落した。損失を被った投資者の共通点は高値で購入して低値で売却したことにある。例えば、A点からB点の間に基準価格を上回った価格で買い入れ、B点からC点の間に購入価格を下回った価格で売却した。この場合の購入価格と売却価格の差は客観的な損失額である。もし投資者がC点以降に当該証券を売却した場合、前記司法解釈の立法趣旨を参照すれば、売却価格はB点からC点の間の全ての取引日の終値の平均価格にするのが適切だと考える。
四、光大証券社のインサイダー取引行為と損害結果との間に因果関係がある。
上海市第二中級人民法院は、因果関係の認定について、光大証券社のインサイダー取引期間中、原告の投資者が50ETF、180ETF及びその指数の構成銘柄、IF1309、IF1312の取引を行い、且つ主な取引方向が光大証券社のインサイダー取引と正反対になった場合、因果関係があると推定すると考える。前記認定基準の実質は、権益商品を根拠とし、光大証券社の事件と関連のある権益性の商品を購入しなかった場合、投資者は因果関係の認定範疇から排除されることを明確にした。筆者はこれに対して意見を保留する。
本質から言えば、因果関係が強調するのは「起こす」と「起こされる」である。光大証券社の事件では、「起こす」の最も直接的な表現は光大証券社が実施したインサイダー取引行為であり、「起こされる」の最も直観的な表れは投資損失である。この投資損失が上証180指数の対応する株式及びその他の関連のある権益性の商品に限定されるべきかどうかに回答するには、「インサイダー取引」当該侵害行為の表層の裏に隠された、投資者に損失を齎した深層原因を正しく認定する必要がある。「インサイダー情報」の基本的な特徴の1つは「非公開性」である。当該特徴が市場及びその他の投資者に齎した最も高いリスクは、情報の非対称性である。認めなければならないのは、資本市場は同様に出来るだけ「公正取引」に導こうとしているものの、証券取引の徹底的な公開化、情報の透明化の実現については、明らかに理想としての状態にとどまっている。そのため、「情報の非対称」は、正常の投資環境下で投資者が負わなければならない普遍的且つ通常のリスクである。
光大証券社の事件を見れば、投資者は指数の異常変動に直面した時、直ぐにその裏に隠された真の原因を知ることはできない。尚且つ、光大証券社の取締役会秘書官の誤解を招く陳述により、相場状況に対する更に誤った方向への判断が進んだ。投資者が実際に負った情報非対称のリスクは既に正常の範囲を遥かに超えていた。従って、筆者はこの場合、投資者の範囲の画定はインサイダー情報を取得したかどうかを基準とすべきであり、上記のように対応する権益性商品を購入したかどうかを基準とすべきではないと考える。即ち、インサイダー情報の敏感期間内に関連のインサイダー情報を取得していない投資者は、今回の事件が齎した異常な情報非対称のリスクを負担することになる。尚且つ、立法の形でインサイダー取引を禁止する根本的な目的は、投資者が「情報対称」に基づいて享有する「公正取引法益」を保護することにある。もしインサイダー情報が不正に利用され、誰かの取引決策の根拠になった場合には、自然に投資者の「情報対称を核心とする公正取引法益」を侵害することになる。当該法益は法的権利にまでは高められていないものの、証券法の立法目的、立法趣旨と一致している。よって、光大証券社の事件から言えば、投資者の証券財産権益の被った具体的な損害を検討する前に、まず強調しなければならないのは、投資者の公正取引権益が既に損害を被ったということである。情報の異常な非対称により損害を被った投資者の範囲は広く、特定の権益性の商品を購入したかどうかで限定されるものではない。
上記の条件以外に、第18条の他の規定を考慮すると、光大証券社の事件の因果関係の要件には、また次の2つの条件が含まれると考える。(1)投資者はインサイダー情報の敏感期間内に証券又は先物の商品を購入した。(2)投資者はインサイダー情報公開後に商品を売却して損失を被った、若しくは証券又は先物の商品を保有し続けることにより損失を被った。しかし、前記の条件を簡単に機械的に適用するだけでは、因果関係を論証するに足りない。公開された情報により、光大証券社の弁護士は開廷審理で、投資者が損失を被った原因は盲目的に大勢の選択に従う心理状態のためであるというふうに抗弁するつもりだったことが分かる。客観的に言えば、今回の事件で損失を被った原因を遡って見れば、2種類に過ぎない。(1)投資者の投資ミスの原因、(2)インサイダー取引の原因。しかし、損失の原因は上記のうちのひとつの場合もあるかも知れないが、より多くの場合、両原因が重なる状況であり、こうした場合、実務で直面するもう一つの難点は、個々の事件で両原因の責任比率をどのようにはっきり画定するかということにある。確かに認めなければならないのは、証券市場は一瞬でめまぐるしく変わるという特徴を持ち、株価も常に変動が止まらない状態にあり、たとえどんなに理知的で経験豊富な投資者であっても、操作時に一定程度の投機性が存在することは避けられない。従って、投資者が、損失は全て光大証券社のインサイダー取引が原因であり、自身には過失がないと立証したい場合、極めて厳しい立証責任を負うことになるが、実際のところ立証はとても難しい。比較的実行可能なやり方は、投資者が自身の操作習慣、株式保有の意図、利益への期待などの面から立証して、自身の過失を軽減するという目的に達することである。無論、前記の両面の原因の責任比率に対する認定は、司法実務では主に裁判官の自由裁量によるものである。
五、光大証券社に主観的過失がある。
過失とは、侵害行為者が損害結果の発生に対して故意又は過失の心理状態を有することをいう。今回の事件での「過失」要件の認定に対する論証は難しくない。その一、光大証券社の意思決定層は事件の重大性を理解した後、その前に行われた取引を社会に公開しなかったばかりでなく、ひそかにインサイダー情報を利用して正常な取引と異なったヘッジ取引を手配した。主観的にインサイダー取引の故意があったことは非常に明らかである。その二、相場の関連指数が光大証券社のインサイダー取引により異常な変動を示した後、光大証券社は当該現象が市場の混乱を招くことを完全に予測できたはずであり、また、同社が午後にひそかに行った非正常なヘッジ操作が必然的に証券市場の価格指数に深刻な影響を与え、投資者には実情が分からない状況下で行った操作により、投資者が損失を被るのを免れないことも明らかだったはずである。よって、光大証券社は損害結果を予見でき、それを放任するという心理状態を持っており、主観的に過失を構成していると考えられる。
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